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8 December 2021

これから起きることが写真になっている:
挑発とアンチトリック、磯谷博史の写真を俯瞰する眼と思考

8 December 2021

六本木SCAI PIRAMIDEでの個展『「さあ、もう行きなさい」鳥は言う「真実も度を越すと人間には耐えられないから」』開催に続く、グループ展「FACES」の開催、パリのポンピドゥ・センターの「L’image et son double」への参加、サンフランシスコ近代美術館「Constellations: Photographs in Dialogue」への招聘と、磯谷博史の活躍が止まらない。iPhoneで撮影された日常写真。写真の前に作られる額。写真の原則や順序を入れ替え、インスタレーションとして提示されることで試される鑑賞者の視点、そして経験。ともすると「難解」とも評されるその作品世界の始まり、そしてそこから生み出される体験について語った。

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ポートレイト 写真=白井晴幸

―学生時代は建築を専攻されていたそうですが、進んだきっかけは?

僕の青春時代は1990年代で、多分に漏れず、当時の雑誌文化の影響を強く受けていました。『STUDIO VOICE』や『i-D』、『The Face』のような、いわゆるカルチャー誌です。ファッション、音楽、映画、デザインを経由して、クリエイティブな分野への関心が高まっていきました。そんななか、ある時雑誌の特集でバウハウスが紹介されていて、強く惹かれたわけです。それが建築分野への入口でした。

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―バウハウスのどんなところに惹かれましたか。

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ただ、そのバウハウスという学校はすでに閉校、そこで勉強するのは不可能でした。どこかにバウハウスのようなカリキュラムを実践している学校はないかなと探したところ、そっくりの入学試験問題を課しているところがあった。それが東京藝大の建築科でした。それもそのはずで、藝大の建築科で教鞭をとった水谷武彦は日本からバウハウスに留学した最初の人物でした。藝大の建築科はバウハウスのエッセンスを、いわば“真空保存”したような場所だったわけです。僕にとってはそれが非常にラッキーでした。

目的や目標が明確にあったわけでもなく、ただただバウハウスのような教育過程を経験したいという動機だけで、建築分野に足を踏み入れることになりました。プロセス=目的というか。藝大で建築を学ぶ過程で、とにかくさまざまなことを経験し吸収したいと思っていました。

―建築を経て、さらに美術作品を制作するに至ったのはなぜですか?

結果、建物という形式のみに集約することが難しかったんです。建物よりも、そこに至る設計のプロセスの方にのめり込んでしまい、取り返しのつかない事態に。

―建物の作り方よりも、作り方の「作り方」を考えている方が楽しかったと。

そう。方法論を刷新すれば全てがラディカルに変わるはずだと思っていました。学生にありがちな若気の至りです(笑)。特に当時は磯崎新さんの著書『UNBUILD/反建築史』などの影響もあって、かつてのアヴァンギャルドのようにユートピア的な思考に走ったり……いま思うと非常に危ない(苦笑)。

とはいえ、それが美術に進む大きな原動力だったのは確かです。当時、建築科に外部講師で来てくれていた伊東豊雄さんや青木淳さんの授業では、主に方法論を考える課題が出されました。いま思えば、そこでの思考実験はコンセプチュアルなアートのそれとかなり近かったと思います。そんなことを4年間やっているうちに、自分の関心を突き詰めるには建築だけでなく、美術をもっと知ったほうがいいだろうなと気づき始めたんです。物の見方や認識それ自体を見つめ直すような議論を突き詰めていくために、その後は藝大に新設された先端芸術表現科に進みました。


―磯谷さんはさまざまな素材を使って制作されていて、そこには写真も含まれています。写真を「自分の表現メディアだ」と思えたのは、どのような時でしたか。

ロンドンに留学していたとき、東京から展覧会への出品依頼をもらったんです。「小さな作品で」といわれたのですが、手元にはかさばる作品しかなく、そこで写真を送ることにしました。それまでも写真を撮ってはいたけど、作品として発表するのは初めてでした。とはいえ、それを表現と呼べる質にまで持っていくには、じっくりと考える必要がありました。

彫刻的なものを扱っていた僕にとって、マテリアルについて考えることは非常に重要です。もちろん写真を扱う場合も例外ではありません。まず疑問に思ったのは「何を根拠に写真に額をつけているんだろう」ということでした。そこで、額をひとつの「彫刻」として捉えることにしたんです。写真に額をつけるのではなく、額に写真をつける。早い話が、写真をつくる前に額を考え作り始めたわけです。

具体的には、まず写真から抽出した色で額を塗装して、そのあと写真の色を減退させてセピア色にしました。一般的な定義に従えば、写真は常に過去を指示するもので、彫刻はいまーここに現前するものです。ここにおいて色は、写真に撮られた過去のものではなく、額=彫刻として現在と強く結びつきます。言い換えれば、イリュージョンの二次元世界から現実の三次元世界へ召喚される。


Expression and Metabolism 2019 Photos: Nobutada Omote Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

Flowers 2015 Photos: Nobutada Omote Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

Birds and Numbers (20, 23, 26, 27) 2017 ‒ 2021 Photos: Nobutada Omote Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

Cracked Things 2004 ‒ 2021 Photos: Nobutada Omote Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

Layer of Events, Humidity 2019 Photos: Nobutada Omote Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

Paper Moon 2017 ‒ 2020 Photos: Nobutada Omote Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

―「過去―二次元」から写真を引き離しつつ「現在―三次元」に引き寄せる試みだったと。

形式上は額に入った写真ですが、そこには彫刻的なオブジェクトとしての現前性があります。写真は過去にあった現象を表すことしかできない、そう運命付けられたメディアだと思います。でも、色と形に分解された写真の情報を鑑賞者がいまーここにおいて復元を試みるとき、そこには単なる過去の追体験ではない、写真を通じた別の体験が生まれているわけです。

額の色から元のカラー写真を想起しても、それは僕が操作する前のカラー写真と同じものにはならないでしょう。知らないことを思い出すようなもので、復元できそうで、できない。還元できないことが織り込まれています。そのズレとはすなわち、鑑賞者それぞれに固有の「出来事」として復元するといっていいのかもしれません。写真によって、過去の記録ではなく、ある種の状況を提示できると確信したとき「作品」が成立したと思えました。

 

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Bananas and Postcards 2014

Couple 2019 Photo: Keizo Kioku

Lag 25 2021 Photo: Osamu Sakamoto

Parallax Gesture (Blue, Red) 2016


―磯谷さんの写真作品には、被写体が被写体自体に言及するような、いわばトートロジカルな回路が内在しています。〈Lag〉シリーズや《Bananas and Postcards》(2014)などが典型的ですが、一見すると“作品の内容が作品自体の説明”になっている。例えるなら”人生を意味付ける旅こそ人生だ”といっているようなもので。そこはかとない「行き止まり感」というか、物事の無意味さをほのめかしているようで少し怖い。わざわざそこに鑑賞者を誘導するのはなぜですか?

たしかに、自己言及的でちょっとストイックに見えます。でも、もちろん僕は「無意味」や「行き止まり」に帰結したいわけではないんですよ。むしろその、無意味や行き止まりから溢れてしまう意味、つまりフレームの外側に至る回路として作品を提示しています。

ラディカルな問いにはリアリティがない、むしろ冗談みたいな話に帰結するという逆説があります。モダニズムの要素還元主義を人間に当てはめたときに「人間の本質とは骨である」という結論で納得する人は今は稀です(笑)。そこには生々しさ=リアリティが欠如している。僕の作品のポイントは、その欠如、生々しさが空白となっていることを利用する点なんです。

―その「生々しさ」は鑑賞者が能動的に回復させなければいけないと。つまり、同語反復的無限ループのなかに「そこに回収されない何か」を見出す必要があるわけですね。

一見すると無意味な同語反復に見えますが、実はそこで着地しないんです。例えば〈Lag〉には「これから起きることが写真になっている」ようで不思議に見える瞬間があるでしょう。しかし実際は、写真よりも先に額が作られている世界線が存在している。ラグというものは、二つの場所があって初めて生じるものです。〈Lag〉は同時に二つの場所を想起させているのであって、トートロジーのみに帰結していかない。そういう構造をこの作品は持っている。僕が関心を持っているのは「人間はこの矛盾した二つの場所をどう受け取るのか」ということです。

これは英語圏の人に顕著なのですが、彼らが僕の作品を説明しようとすると途中でこんがらがってしまうことがあります。彼らの言語の構造だと、僕の作品は描写しづらい。「額の中に入っている写真が、ん?いや違うな。まず棚の上に額があって、その額が落ちている写真が額の中に、あれ?ちょっと待てよ……」みたいになってしまう(笑)。

日本語と違って英語は明確に構造的で、それゆえにその文章構造に従って僕の作品をディスクリプションしようとすると食い違い、文章が壊れてしまう。そういうところがおもしろがられる理由の一つだと感じています。


―たしかに、それはおもしろい。

矛盾した状況は直観できている。でも、僕の作品は、そこへ論理を使ってアプローチしようとすると辿り着けない構造になっているんですよね。

―矛盾を直観させる導線設計もすばらしいと思います。

認識の手続きは反復によって強固になります。経験すればするほど予測してしまう。要するに僕がやっているのは、認識の手続きの組み替えです。


―「撮って、プリントして、額をつけて、展示する」という写真の一般的なプロセスを「額を作り、展示を作り、撮って、プリントして……」と順序を入れ替えているというわけですね。

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―わざわざ2つ作ったりしなくても、写真を撮る前にこのシチュエーション=展示がすでにあったと考えれば辻褄が合いますね。

《Parallax Gesture (Blue, Red)》(2016)では、丸い枠を移動させて、マットレスについた凹みを撮影しています。枠がマットを凹ませている状況は鑑賞者の目の前に、実物としてある。しかし、写真には枠をどかさないと見られないはずの凹みが写っている。凹みは写真によって「先取り」されているように見えますが、実際は一旦枠をどかして撮っているだけです。

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《Couple》にしてもそうで「これはセピアだけど、君は以前、カラーのヴァージョンも作っていたよね?」と聞かれたことがあります。《Couple》にはセピアのヴァージョンしかありません。おそらく彼は以前の鑑賞で、塗装された額縁の色をセピアの写真に「転載」して見ていたんでしょう。「赤いマルボロ」と「緑のマルボロ」を脳内で作り上げていた。つまり、彼は作品を覚えていたのではなく、その経験を覚えていたわけです。

いうまでもなく、作品の鑑賞体験は一様ではありません。僕の作品を言語化してもらうと、その人が作品をどのような経験として持ち帰っているかがわかって、おもしろいんですよ。その発見によって僕は次の作品が作れる。

ポンピドゥ・センターで開催された「L’image et son double」のカタログ。

ポンピドゥ・センターで開催された「L’image et son double」のカタログ。

―実際に見た作品と記憶の中の作品にズレが生じていた。それがまさに作品を「見た」ということですよね。つまり、鑑賞者に固有の経験になったということ。

その通りです。この手の経験談を聞いた当初は呆気にとられたんですが、実はとても味わい深いことなんですよね。

―磯谷さんの作品は難解でとっつきにくいという感想を聞いたことがありますが、決してそうではないですね。

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―たしかに。それを複雑にしているのは見ている側ですね。

「写真は過去の記録である」「写真は撮影行為の後にできあがる」というのは、いわば写真の原則です。しかし僕の作品では、落下する額やマットレスの凹みによって、本来写真に現れるはずのない「未来の状態」や「撮影以前の行為」が示唆される。それが、先の写真の原則に対するノイズになるんですね。

つまり、写真と併置された物質——マットレスや額や棚が語っていることが、写真が語っていることと等価なんです。そこでは写真はもはや被写体の副次的なものでもなくなっている。互いに矛盾して、拮抗する。「あれ? これ、どうなってるんだろう」という問いから各々が「存在」を立ち上げていけるような、そんな装置を作っているんです。

人間は非合理的なものだから、必ずしも正解だけを選べない、勘違いもする、論理よりも感情を優先することも多分にある。その豊かさが露わになる状況を作っているとも言えるかもしれません。


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会期

(木)〜 12月18日(土)

会場

SCAI PIRAMIDETOGA outdoorコラボバック

時間

休廊日

日~水曜、祝日

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